
サイクリングが好きになって、運動って楽しい!って思うようになりました。
もともと運動が苦手だったんですけど、運動って、苦手とかどうでもよくて、好きとか、気持ちがいいとか、そっちのほうが全然大事なんですね。そのことに気づくのに、40年もかかってしまいました。
幼い頃は、外で遊ぶのが大好きな、普通の子供だったのが、いつのまにか運動嫌いになったのは、学校の体育のせいかなぁ…、なんてことをとある動画を見て思いました。
その動画では、小学校のマラソン大会を視察したフィンランドの校長先生が、日本の校長先生と議論しています。

順位をつけたり表彰したりするんですか?

はい、賞状を用意してます

順位をつけると、運動が得意じゃない子はビリになってしまいます。運動はそれ自体よいものなのに、運動が嫌いになってしまいせんか?

子供に目標をもたせ、順位がよくなるよう努力させます。その向上心が大切だと考えています。

このような大会は、順位を競わせるよりも、子供たちが運動を好きになり、将来にわたって運動を続けるようになることが、本来の目的ではないでしょうか。
こんな感じの議論でした。
運動はそれ自体を楽しむべきものなのか、それとも、努力・成長・人格形成の手段なのか、そういう意見の違いがぶつかっています。
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思い返してみると、日本の学校って、マラソン大会に限らず、いつも別の理由のためだった気がします。
- よい順位を得るため
- 成長し達成感を得るため
- 社会に通用する人材になるため
その結果、
- 行為自体の楽しまない
- 役に立たないものは無駄に感じる
- 目的のないものに耐えられなくなる
そういう傾向の大人が育つんでしょうね(私もその一人でした)。たぶん、そういう人格を量産することが、近代社会の要請だったんでしょうね。
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サイクリストのなかには、そういった別の理由を求めすぎる毎日から、ほんの少し距離をとりたくて、ペダルを回している人もいるかもですね。
せっかくの晴れた休日に、ロングライドで何時間もただペダルを漕ぐのは、本当に無益だなぁって思います。なんの目標もないので、なんの達成感もありません。なのに一瞬一瞬に喜びがあります。
好きという気持ちに、順位も理由もいらないのですよね。
(おしまい)