自転車のヘルメット着用努力義務化でおもうこと(続)

to be or not to be

前の記事の続きです。

昭和の自転車ヘルメット事情

私は昭和生まれ昭和育ちですから、自転車でヘルメットなんて、隔世の感がありますね。昭和のあのころ、自転車にヘルメット姿なんて、田舎の中学生かモルモン教の宣教師くらいのもので、そのくらいけったいだったのですよね。もしあの時代にヘルメット義務化なんてされようものなら、国会を取り巻くデモが起きても不思議はなかったと思います。ええ、はい。

うおおおおおー

だから私は不思議なのですが、昭和世代って基本、頑固じゃないですか、それがロードに乗るとなると素直にヘルメットをかぶるわけです。これはどうしてなのか、いまだに不思議ですね。

単に、事故るのが怖いからでしょうか? でも昭和世代って、人生の大半をノーヘルでチャリに乗ってた人達ですよね。いまさら何で?って思います。それとも、ヘルメットがカッコ良く見えている(少なくとも本人には)ということなんでしょうか。何かに憧れて、それでヘルメットを被っているとか。

だとすると、その憧れの対象は何でしょう? ツール・ド・フランスでヘルメットが義務化されたのが2003年ですから「プロに憧れて」では無さそうです。年代的にはおそらく「仮面ライダーに憧れて」これかもしれません。時代的には

  • 仮面ライダー :1971.4.3~
  • 仮面ライダーV3:1973.2.17~
  • 仮面ライダーX :1974.2.16~

このあたりでしょう。ヘルメットを被り、サングラスを掛け、派手なジャージ、ピチパン、グローブ、ビンディングシューズ、これらを身にまとうと「変身」もしくは「改造人間」になった気がするんだと思います。

昭和ローディーは全身スキなくサイクリングウェアを身にまとう傾向がありますが、これは、もし中途半端だと仮面ライダーのはずがライダーマンになってしまう、という恐れがあるからかもしれません。もちろんライダーマンは仮面ライダーの一員ですし、ライダーでありながら人間でもあるというキャラ立ちした存在ですが、改造人間というコンセプトを完全に体現しているとは言えず、似て非なるものとして昭和ローディーに忌避されている、というのが私の推論です。もちろん100%妄想です。ごめんなさい。

私自身は…

私自身はどうかと言いますと、基本ノーヘルでして、ロングライドもノーヘルです。一応ヘルメットは持ってるのですけど、なんか面倒というか、嫌なのですよね。ただ、そのうち自転車保険の補償対象基準も変わっていくでしょうから、そうなるといよいよヘルメットを着用するかなぁ、でも嫌だなぁ、などと目下悩み中といったところです。

私が乗っているのはフラットバーロードですので、ロードほどスピードが出ませんし、前傾姿勢も深くありません。でも、これからはママチャリも努力義務が課せられるのですから、あんまりノーヘルの理由にはなりませんね。

私がロングライドをするのは、主に湘南や三浦です。海沿いを走るのが好きです。海沿いを走っていると、本当は着ている服も脱いで、全裸で走りたいって思います。それは私が変質者だから、ではなく、海や空や太陽といった世界と自分が一体となれるような、そして世界と自分が大きな一つの生命みたいな、そういうスピリチュアルな気分なのですよね。そういう気分にヘルメットは一種のノイズというか、邪魔なのですよね。そんな理由でヘルメットを拒否ってるのは私だけかもですが。アハハハ。


前の記事で、都市部の自転車レーンが安全ではないこと、それと、国や自治体が意思決定出来ていないことを書きました。でも、そういう社会のことに、実は私はそれほど関心がありません。私がサイクリングするのは、そういった社会から逃避して、その外側に広がる世界に没入したいからなのですよね。なので私にとってヘルメット問題は、安全ウンヌン以前に、走る動機そのものと干渉する、微妙に厄介な問題だったりします。慣れちゃえば慣れるかもですが(笑)

以上です。
読んでいただきありがとうございました。
(おしまい)

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