「車道は車が怖い」←これ

サイクリングは楽しいですけど、車が怖いですね。車がスレスレを抜いていくので、ロングライドしてると、毎回必ず、

うぉぉ…
いま⬛にかけたぁ…

が起こります。

サイクリングするのに、なんでこんな恐い目にあうのか、理不尽を感じます。理不尽の原因は、

  • 道路の設計がよくない(土木事務所)
  • 道路の運用がよくない(公安委員会)
  • 取り締まりがよくない(警察)
  • 自転車推進の意思が実はない(自治体)

こんなとこでしょうか。車道が、あまりにも車に最適化されすぎているので、そのシワ寄せが一方的に自転車ユーザー側にきてしまい、その結果、サイクリングは命知らずな行為となっています。

サイクリングが、あたかも安全に楽しめるかのような雰囲気が、一部メディアやメーカー、イベント運営者、あるいは観光PR、はたまた警察庁や国土交通省、ひいてはサイクリスト自身のコミュニティでも醸成されています。「サイクリングは安全で楽しいもの」といった語り口は、あまりにも楽観的な理想論で、単に無邪気なだけなのか、いずれにせよ、無責任で、ある意味、加害的ですらあると思います。「今はまだ危ない」という現状認識が、曖昧にされすぎていると思います。

サイクリングを安全に楽しもうにも、サイクリスト側で出来る対策は、非常に限定的であり、それらを完璧に行ったとしても、車がスレスレをビュンビュン抜いていくことに変わりないので、あとはもう、お祈りするしかありません。つまり、サイクリストがいつ事故るかは、完全に運ゲーと化しています。

そんな危険を犯してまで、なぜサイクリングするのかというと、それは単に「気持ちがいい」からで、得られる快楽が半端ないので、命のリスクを上回っているからに過ぎません。「命がヤべぇけど、ま、いっか、気持ちいいし」というノリは、ニコチンやアルコールやドラ🚫グの中毒患者の精神構造と完全に同一です。サイクリングは健康的だとか、エコだとか、色々言われていますが、それらはすべて表層の話であり、サイクリストの本質は命知らずのジャンキーというのが正味なところです。

ところで、なんでこんな辛口記事を書くかというと、サイクリング中に感じる恐怖を、ほんの少しですが、スリルに変換している自分に気づいたからなんですね。

うぉぉwww
いま⬛にかけたぁwww

恐怖に対し、いちいち青ざめてたら、心が折れて、サイクリングなんて出来ません。凹みそうな気分をageていくために、認知が歪むんだとおもいます。サイクリングしすぎたせいで、私もすっかりジャンキーです。というわけで自戒を込めて😭

(おしまい)

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