フラットバーロードの星

フラットバーロードは、実にみにくい自転車です。
ジオメトリーはロードなのに、ハンドルはまっすぐ一文字で、クロスバイクみたいです。走るスピードも遅く、ロードバイクにすぐ千切られます。ロードの一種ですが、ロードバイクとは貴族と賤民の差があります。ロードバイクは、もう、フラットバーロードの姿を見ただけで、いやになってしまうという具合でした。

ある日、とうとうロードバイクが、フラットバーロードの家にやって来て云いました。
「おい、お前は名前を変えたほうが良いよ。俺とお前が、同じカテゴリーなのは、どう考えてもおかしい。俺は一日に200kmも走るけど、お前はせいぜい50kmだろ。おまえの見た目はロードというよりもクロスだもの。恥知らずな名前は名乗らないほうが良いね。」
「ロードバイクさん、それは無理です。私の名前は私が考えたのではありません。自転車メーカーが付けてくださったのです。」
「無理じゃないね。俺がもっと良い名前を付けてやろう。壱蔵というんだ。フラットバーハンドルは横一文字だから、壱蔵。どうだ、いい名だろう。お前はブログを書いているそうだから、トップページで、私は壱蔵と申しますと、告知するように。さもないとお前をバラバラに解体してやるから。」
「そんなことをする位なら、解体されたほうがましです。今すぐ解体して下さい。」
「まあ、よく、考えてごらん。壱蔵なんてそんなにわるい名じゃないよ。」
そう云うとロードバイクは帰って行きました。

フラットバーロードは、じっと目をつぶって考えました。
(いったい僕は、なぜ嫌がられるんだろう。ロードなのにロードじゃない。クロスみたいだけどクロスじゃない。その中間的な性質が、疎まれるのかもしれない。そしてさらに、ああ、今度は壱蔵と申しますとブログで告知するなんて、つらいはなしだなあ。)
フラットバーロードは家から飛び出して、いつものように鶴見川サイクリングロードを走りました。河川敷の小さな羽虫が、幾匹も幾匹もぶつかってきて死にました。
(ああ、沢山の羽虫が死んでいく。そして今度は僕がバラバラに解体される。ああ、つらい、つらい。僕はもう河川敷を走るのをやめよう。そして遠くの土地に行ってしまおう。)

鶴見川サイクリングロードを抜け、第一京浜を走っていると、紺地にオレンジ色のチームジャージを着た自転車乗りに遭遇しました。
「そこのチームジャージの自転車乗りさん、自転車乗りさん、どうか私と一緒に走って下さい。そして遠くのよその土地まで連れてって下さい。」
チームジャージを着た自転車乗りはフラットバーロードをチラッと見て云いました。
「お前はフラットバーロードだね。お前と私じゃスピードが違いすぎる。それに私はそんなに遠くには行かないのだよ。湾岸道路を金沢柴町交差点で折り返して往復するだけだから。」
そう云うとチームジャージを着た自転車乗りは、フラットバーロードを千切って去っていきました。

横須賀を抜け、野比海岸を走っていると、トンビが飛んでいるのが見えました。
「トンビさん、トンビさん、どうか御一緒させて下さい。そして遠くのよその土地まで連れてって下さい。」
トンビはフラットバーロードを見て云いました。
「だめだだめだ、とても話にならない。自転車が空を飛ぶには、フルカーボンエアロロード、コンポは最低でも105搭載でないと。」
そう云うとトンビは滑空して去っていきました。

三浦海岸を走っていると、太陽が西に沈んでいくのが見えました。
「太陽さん、太陽さん、どうか私をあなたの所へ連れてってください。この体が灼けて溶けてもかまいません。私のようなみにくい自転車でも灼けるときは小さな光を出すでしょう。」
太陽は夕焼けで空を真っ赤に染めながら云いました。
「お前はフラットバーロードだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。もうすぐ夜になると星がでるから、星にそうたのんでごらん。」
そう云うと太陽は西に消えていきました。

夜になり、あたりは暗くなりました。フラットバーロードは前照灯を灯火させ、空に星が出てくると叫びました。
「お星さん、お星さん、どうか私をあなたの所へ連れてってください。」
星はうつくしくまたたきながら云いました。
「星の世界は、お前のいる所から何億光年も離れているのだよ。だからもっと速く走らないと到底たどりつけない。ちょうど少し行った所に有名な坂道があるから、そこを登って、下り坂で加速してごらん。」
フラットバーロードは、星に云われたとおりに、秋谷入口の信号を右折し、長い坂を登り、そして下りました。夜道は暗く、街灯の光が涙でにじんで見えました。フラットバーロードは、かつてこれまで出したこのとのないスピードで坂をくだりきると、前方に大きな海がせまるのが見えました。そうです。それがフラットバーロードの最後でした。

それからしばらくしてフラットバーロードはまなこをひらきました。自分のからだが燐の光になって、しずかに燃えているのを見ました。すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川はすぐうしろに見えました。そしてフラットバーロードはまた走りだしました。今でもまだ走っています。

(おしまい)

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