サイクリング継続のヒント(5):脱サイクリング

サイクリングするようになって、だいたい10年たちます。

続けようとおもって続けたわけじゃなくて、気づいたらそのくらいでした。この先もたぶん、そんな感じだと思います。

「サイクリングしなきゃ…」

みたいに思ったことは、一度もないですね。仕事が忙しかったり、コロナになったりで、1ヶ月くらいロングライドできなかったときもありましたけど、ま、そのうち乗れるでしょ、ってなもんでした。

大会にでて上位を目指すとか無いので、部活をさぼってるみたいな後ろめたさはありません。また、高い自転車やらウェアやらパーツやら、たくさん投資したわけでも無いので、乗らなきゃもったいないみたいな後ろめたさもありません。なので、乗れなきゃ乗らないで、良いんですよね。義務感ゼロで自由に遊ぶのがいいですね。

極論すると、サイクリングなんて、いつ辞めていい、そんな気持ちも、少しあります。長く続けるためには、お気楽に、いつでも自由に辞められる、そういう精神状態を保つのが秘訣ですね。でも、まぁ、得られる快楽が半端ないので、当分やめることは無いでしょうけど。

サイクリングで得られる快楽って、人それぞれでしょうけど、私の場合は、解放感ですね。開放感というよりも解放感。景色や空間がくれる開放感もサイクリングの醍醐味ですが、自分の中の鎖がほどける解放感は、他の趣味では得られない感覚だと思います。

走っていると、社会性みたいなのから解放されて、ありのままの自分になれる感じがします。私の言葉で言わせていただくと、名前のない自分です。べつに私は、名前をしられた著名人じゃなくて、ふつうの凡人ですが、凡人なりの社会性みたいなのがあって、そういう社会性からの解放ですね。たとえるなら、子供や動物に近づく感じです。その感覚が好きで、それが走る動機になっています。

なので、サイクリングの気分をageるために、新しいウェアやパーツを買う、みたいなのも無いですね。もちろん、そういう楽しみ方もあると思いますが、そういうのってどこか、消費社会の枠組みのなかでエンジョイしてるみたいで、すこし距離をおきたいなぁと感じます。大会にでて順位をあげる、みたいな競争社会的なノリも、同様ですね。

ながなが書きましたが、一言で言えば自由ですね。

なのでもし「サイクリングしなきゃ…」なんて思うようになったら、そのときは、サイクリングを辞めるかな。サイクリングが重荷になって、心が解放されなくなって、自由を感じられなくなったら、そこが辞め時ですね。

辞める自由があるから走りたくなる。
そういうお話でした。

(おしまい)

タイトルとURLをコピーしました